AMELIEMEMO

antiques+couture AMELIEの店主のブログ。アンティークに纏わるストーリー、また異文化の中で思った事や触発された美しいモノ等つぶやいています。

Roots of the Steiff

 

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 シュタイフ。このぬいぐるみのルーツをたどっていくと一人の女性に辿りつきます。マルガレーテ・シュタイフ(1847-1909年)。生涯車椅子と共に生き抜いた女性です。彼女は赤ちゃんの時の高熱の後遺症で両脚が不自由になりながらも陽気で快活な性格で心配する家族をよそに太陽の様な明るい性格だったのだそうです。

子供時代は新しいゲームを発明するのが得意で自分も参加できるゲームを次々と考え出すアイデアマン&サービス精神の持ち主、また好奇心旺盛で家族や友達に外に連れ出してくれるよう頼み、夏は親戚などの家で生活を共にしたり外交的だった女の子でしたが幾度か受けた両脚の手術は不成功に終わったり、苦悩もたくさん経験しながらも精神的に強く成長してゆきました。

彼女は身体機能がこの先も改善することはないと10代で悟り自分の可能性を広げるためにやがて裁縫を学ぶことを強く望むようになります。裁縫のトレーニングを完了し腕のよい針子になり姉たちと共に自宅を改築した仕事場で針仕事を請け負うようになりました。 

 流行のドレスだけでなく高品質なフェルト製の洋服やテーブルクロスなどの家庭用品はたちまち評判になり中でも子供服を縫うことが一番好きだった彼女は義理の弟のアドバイスを受け人を雇ってフェルト製品のビジネスを起こします。彼女の作る服や子供用の上着の質は高く、経営は順調で針仕事部屋は小さな工場になっていきました。

 ユーモアがあって楽しく面倒見のよい彼女、甥っ子たちも懐きよく遊びに来ていたそう。彼女がパターンからおこして作ったいくつかのフェルトの小さな象の針刺しを子供たちがおもちゃとして楽し気に遊んでいる姿を見て、おもちゃとしても作ってみたところ、そのかわいさが巷で受けて大人気に。柔らかい素材でできた動物のおもちゃというものは当時は画期的だったのだそうです。時は1880年、シュタイフの創業の年となります。他の動物も増えてゆきマルガレーテの仕事場はフェルト製品とおもちゃの工場になってゆきました。

 “最高のものだけが、子供に与えられるに値する。” 彼女のモットーだったその言葉通り、最高品質の材料のみを厳選し使用されました。鉄の意志で仕事に邁進し、前向きでポジティブな人柄で会社はどんどん成長してゆきました。自分のビジネス全般に目を細かく配り毎日のように工場に出勤し誰に対しても面倒見が良く仕事場で皆と肩を並べて製作することで皆の士気を高め、なによりもぬいぐるみを腕に抱える子供の姿を常に頭に置いて製品の質に関しては決して妥協を許さなかったのだそうです。                              f:id:lameliememol:20170616040457j:plain

幼い頃からマルガレーテの傍らで遊び慕っていた甥っ子のリチャード・シュタイフは大学で学んだ後マルガレーテの事業に参加し、シュタイフ作品の基礎となる動物のスケッチを数々描き続けながら「本物のようなクマのぬいぐるみ」を思いつき、腕と脚を動かせる毛足の長いモヘアで作られたクマのぬいぐるみを設計します。これが世界で最古のぬいぐるみのベアともいわれている55PBです。(テディベアのルーツには諸説があります。)f:id:lameliememol:20170616040829j:plain 正直マルガレーテはこのベアはいかがなものかと、あまり人気がでないのではと思っていたそうで予想通りドイツのライプチヒの見本市で発表したところ評価は「高すぎる。」「かわいくない。」と散々でがっかりしながら帰り支度をしていたその時、あるアメリカ人バイヤーの目にとまり、3,000体もの注文が入ったのだそう。「ヨーロッパでは受け入れられなくても、アメリカの子ども達が毎晩抱いて眠りたいものはこれです。」と。

それからはアメリカのルーズベルト大統領の晩餐会のテーブルディスプレイに使われたり(上の写真右下が大統領)、セオドア・ルーズベルト大統領のニックネーム「セオドア=テディ」にちなんで、クマのぬいぐるみは「テディベア」と呼ばれるようになったり時代が後押しするかのように一大ブームを巻き起こしてゆきます。この成功はまさにマルガレーテの不屈の精神とゆるぎないクラフトマンシップと子供達や社員への愛情の継続があったからこそという気がします。

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こうして世界的に有名になったシュタイフ社でしたが第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦中戦後は、材料不足に苦しみその間にいろいろ工夫された跡を残すベアも現存しています。(中の綿が木くずになっていたり)。1950年代に入り、ようやく本来の品質の良さを取り戻しますが1970年代に入ると、欧米の出生率の低下や東アジアからの安い輸入品との競争などから大打撃を受けてしまうのでした。しかし1980年代 シュタイフ社の端々まで考え抜かれたデザインや選び向かれた良質な素材、丁寧な縫製やアート性からも現代の大人たちに再認識され見直されだしました。子供だけでなく大人だって求めているものだと。

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マルガレーテは経営者として従業員たちに気を配り、思いやることを生涯貫き通し障害を持つ人に仕事を与え、子どものいる人には会社に連れてくることを認めるなど、19世紀では珍しい開かれた会社を作っていた先駆者でした。ウーマンリブとしても。

時は1909年5月9日、マルガレーテは61歳で天国へと旅立ちます。その精神を受け継いでひとつひとつ手作りしてゆくことを誓いマルガレーテの甥が会社を引き継ぐことになります。「ハンドメイドを続けることが大事なの。機械に頼らないのよ。」と常に話していたそうです。今から100年以上も前にまるでいつか時代が大量生産の物に溢れ飽和状態になり人々の心が渇いてしまうそんな時代を見据えていたかのような言葉を。

シュタイフのぬいぐるみにはそんな彼女の壮大な精神が今もずっと受け継がれている気がしてなりません。ぬいぐるみは何も語らないけれど手にすると静かに伝わるぬくもり、なにか言いたげな口元、当時のぽってりとしたグラスアイズの静かな輝き。いつも同じ顔なのになんだか表情豊かに見えたりするとこ。ぬいぐるみっていくつ年を重ねても、目が合うとなんだか気持ちを上向きにしてくれる永遠の相棒なのかもしれません。 

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           彼女の生涯は映画にもなっています。 

画像出典 Zespół Kształcenia Podstawowego i Gimnazjalnego nr 33

 written by nao     AMELIE owner http://amelie,jp/