AMELIEMEMO

antiques+couture AMELIEの店主のブログ。アンティークに纏わるストーリー、また異文化の中で思った事や触発された美しいモノ等つぶやいています。

藍ーインディゴーについて #2

                     f:id:lameliememol:20170728213007j:plain

                                                昔ヨーロッパで栽培されていたウォード(大青

 

太古から世界のあちこちで自然発生的に藍色を含む植物から取り出され、行われてきた藍染ですが、今回はヨーロッパの藍のルーツについて触れていきたいと思います。

イギリス、フランス、ドイツなどでは6世紀頃からウォード(大青)が藍染めの材料として盛んに栽培され、最盛期の16世紀には一大産業となり盛んに貿易が行われていました。ウォードは当時の軍服や制服の染色にも欠かせないものでした。藍の衣を着用する範囲は東ヨーロッパまで広がり当時の民族衣装などからも知ることができます。

しかしインド藍(マメ科の植物)の輸入が16世紀頃から始まると、徐々にウォードの染色での使用は衰え18世紀にはほとんど姿を消してしまいます。それは色素のインディゴ含有量が最も多いとされるインド藍(ウォードの約30倍)のほうがより色鮮やかに染めることができたからです。これが「インディゴ」の語源となります。

時のヨーロッパの国王達はウォードを守るためインド藍の輸入を禁止するなど発令しましたがマメ科の植物から沈殿法で作られたインド藍は、インディゴ(藍色成分)の純度がウォードの30倍ということだけでなく、染料を輸送にも便利なブロック状に成形できたので貿易しやすくその染料は瞬く間にヨーロッパ全体に定着してゆきウォードは衰退し次第に途絶えてゆきました。

           

             f:id:lameliememol:20170728214114j:plain

         当時のインディゴのブロック。英語ではindigo cakesと呼ばれています。

f:id:lameliememol:20170728214204j:plain                                 

当時のインド藍による染料の作り方

まず刈り取ったインド藍草を数日間水槽に入れ、水が青緑に変わり発酵するまで数日間放置します。発酵したら藍草を取り除き、液だけを別の水槽に移します。それに木灰をいれて何人もの人々が大きな木板などを使い攪拌しながら長時間かけて空気をたくさん混ぜ込み酸化させます。するとインディゴが生成され水槽の底へ沈殿していくので、その沈殿されたインディゴだけを取り出し(上澄みは捨てる)その水分をさらに飛ばしてペースト状にまでします。

これを大きな四角い型に流し、上から板でプレスして水分をさらに絞り出し固まるまで置きます。固まったら縦、横にカットしていくつものブロックを作っていました。それを天日干し完全に乾燥させたものが↑のような固形となり産出されていました。

ここまでに大変な手間と日数のかかる作業でした。すべてがハンドワーク、天然自然素材の稀少な染料だったのです。布に染色するときはまず砕いてパウダー状にしてから使われていました。

18世紀のヨーロッパでは軍服に青を用いることが多く、この時代は戦争が多かったので需要も高かったのです。 

                                 f:id:lameliememol:20170728223732j:plain

 

 身分の高い王族、貴族達の衣装やドレスの染色にも使用されました。こうして植民地のインドなど諸国にプランテーションを設立しインド藍を生産していったのです。藍はヨーロッパの文化になくてはならないものとなっていきました。

 

        f:id:lameliememol:20170728224722j:plain

      f:id:lameliememol:20170728224732j:plain

          f:id:lameliememol:20170728224744j:plain

 

to be continue  written by nao (画像は収集した資料本から抜粋しました)

AMELIE owner

 

www.ameliememo.in

www.ameliememo.info

fo